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元ミス日本で世界的プロダンサーとして活躍した吉野ゆりえさん(1968年生、47歳)は、2015年4月に喉頭がんが再発して声帯を摘出したロックバンド「シャ乱Q」のボーカリストつんく♂さん(46歳)が『こんな私だから出来る事。こんな私にしか出来ない事。そんな事を考えながら生きていこうと──。』という言葉から勇気をもらい、19回目の手術を受ける決心をしたのです。
吉野さんは10年前から、希少がん「後腹膜平滑筋肉腫」と生きるサバイバー(病気の経験者)で、闘病しながら、視覚に障害がある人たちの「ブラインドダンス」を指導したり、競技会の審査や司会をしたりしているほか、教育現場で命の大切さを伝える活動に励む。
■希少がん「後腹膜平滑筋肉腫」とは
後腹膜平滑筋肉腫 は希少がんのなかでもさらに少なく、“忘れられたがん”とも呼ばれている。
がん細胞は血液とともに全身へ運ばれて筋肉や骨に病巣を作り、治療にはさまざまな診療科の協力が不可欠。
だが専門医が少なく製薬会社の関心は薄く、誤診されるケースもあった。
そんな実態に患者として直面した吉野さんは、肉腫を専門的に診る「サルコーマ(肉腫)センター」の必要性を感じ、開設を求める運動の中核を担った。
2009年に国立がん研究センター中央病院(東京都中央区)に、2012年にはがん研有明病院(東京都江東区)に、それぞれ立ち上がった。
ここでは比較的、肉腫治療の経験豊富な整形外科医を中心に、外科や内科、放射線科などの医師が集まり、一人の患者を複数の診療科が連携して治療をする。
吉野さんは30歳代半ばで告知され、再発と転移を繰り返し、近々予定されている手術は19回目だ。
2014年秋の16回目は脳や舌などに転移したがんを摘出。8カ所を切除するのに脳外科・頭頸部外科・整形外科などの医師が携わったという。
過酷な闘病生活を送りながらも、ブラインドダンス指導やサルコーマセンター設立、「いのちの授業」と超多忙を極める吉野さんのエネルギー源は何なのか。
「ダンサーもがん患者も私の要素の一部。がんを患ったことは決してうれしくはないが、だからこそ経験できたことがあり、出会った人たちがいる。そうした素晴らしい点に目を向けて生きています」(吉野さん)
肉腫は再発と転移を繰り返す、珍しいがんだ。このため吉野さんは「『再発』という言葉の受け止め方は、私と他のサバイバーとは違うかもしれない」と前置きした上で続ける。
「再発や転移がわかるたびに、手術や放射線治療を受けている。今までできていたことがどんどんできなくなっていくのは悔しく、人前では絶対見せないけど家で泣くこともある。ただ、泣いても元の状態には戻らないから。私の場合は一度泣いたら、それでおしまい。マイナスの気持ちを長引かせないんです」
できないことを挙げ連ねて嘆くのではなく、できることを見つけて精いっぱい打ち込む。ブラインドダンス指導で視覚障がい者に「生きがいになっている」「人生が百八十度変わった」と言われるだけで胸がいっぱいになる。
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■コウケントーの光線治療
生きている間に何回手術を受けるかは人それぞれでしょうが、19回もの手術を受ける人は少ないと思います。
吉野さんの場合は2005年の発症ですから、10年間で19回ですから、手術前後の入院期間を考えると、私には想像を絶するものがあったと思われます。
筑波大学在学中にミス日本にえらばれるという、才色兼備の女性は順調以上に人生を謳歌していたのでしょうが、突然病魔に襲われたのですが、病気に負けることなく、立ち上がって活躍されていることには感服します。
希少がんの 後腹膜平滑筋肉腫ですから、コウケントーでの光線治療の記述はないと思います。
そこで、ガン術後の光線治療について紹介だけをさせていただきます。
↑コウケントー2号器
治験例 膵臓がん術後
64歳の女性は、全身倦怠感、微熱が続き、その後黄疸が出現したため入院検査を受けた。
膵臓がんと診断され手術を受けた。
友人より術後の体力回復には光線治療が良いと勧められ、光線研究所の附属診療所を受診した。
1000−4008番の治療用カーボンを使って照射。
治療器を求め自宅で照射を始めた。治療1〜2カ月後、足が温まり、手術の傷跡の痛みやひきつれが軽減し、食欲が回復して体力、握力がついてきた。
検査ではとくに異常はなかった。
治療開始3〜5カ月後、からだが軽く家事、孫の世話など忙しい毎日であった。
治療6カ月後の現在、気力体力もあり、元気に生活している。
↑コウケントー 治療用カーボン
治験例大腸ガン術後
65歳の女性は、62歳のときに腹痛があり、徐々に痛みが強くなってきたので検査を受けた。
結果、大腸ガンと診断され手術を受けた。術後、身体が冷える感じがあり、体力回復のため友人の紹介で光線研究所の附属診療所を受診した。
1000−4008番の治療用カーボンを使って照射。
治療器を求め自宅で照射を始めた。光線治療に伴い体力がつき、握力は増加した。
治療3年後の現在、足の冷える感じは相変わらずで、特に冬は足が冷えるため、足裏の照射時間を長めにして治療を続けている。
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■銀行とは、天気のよいときに傘を貸し、雨が降り出すと返せという所である。

